NORMA by Opera Co. of Philadelphia

2008年4月18日@Academy of Music



NORMA by Vincenzo Bellini



NORMA Christine Goerke
ADALGISA Kristine Jepson
POLLIONE Phil Webb
OROVESO Eric Owens
CLOTILDE Allison Sanders
FLAVIO Dominic Armstrong
Conductor Corrado Rovaris
Director Kay Walker Castaldo

Opera Company of Philadelphiaの今シーズン最後のプログラムはベッリーニのNorma。歌える人があまりいないので、有名ながらそんなに頻繁には上演されない演目であり、個人的には2005年11月のSan Franciscoオペラによる上演に次ぐ2回目。
そのサンフランシスコの上演はあまりぴんと来なかったのだが、今日の演奏はすばらしいの一言。

まず、キャスティングのバランスと指揮者のコントロールが完璧(指揮者のRovarisはこのオペラ団体の今シーズンのほとんどの公演を振っているが、昨年から比べてもオケの質がかなり上がっている気がする)。最終日ということもあったと思うが、オケ、合唱、ソリストのバランスが完璧だったし、ベッリーニのオペラにありがちな観客の失笑がほとんど起こらなかった。この「失笑」は、オペラを音楽鑑賞としてではなく、よりドラマとして楽しむことになれた現代の(とりわけアメリカの)オーディエンスの姿勢が、この時代のオペラのアリアの形式(カバティーナ・カバレッタ形式)に適応していないことによるものだと思われる。

このアリアの形式においては、前半(カバティーナ)がセリフから連続的に、感情を吐露する歌として歌われ、その次に何か別の出来事(多くの場合は別のソリストとの重唱や合唱が挿入され、状況の変化が起きる)がおき、それを踏まえてカバレッタでは(より盛り上がる方向に)変化した感情を歌い上げることが一般的。このカバレッタ部分で笑い出すオーディエンスが多いのだが、それは、このカバレッタ部分では、ソリストの技術を披露する、という意味が持たされているため、悲しくてたまらないのにノリノリな感じになることが多く、それがストーリーの状況とミスマッチなことが多いから。

・・前述のサンフランシスコでの上演では(西海岸の気風もあるかもしれないけど)お客さんは笑いまくりで、ちょっといけてない上演となってしまっていたが、今回は全くそういうことがなかった。これは、指揮者の音楽のコントロールの仕方(テンポがとても適切だった)と、ソリスト陣の力量によるものだと思う。

ソリスト陣で抜きん出てすばらしかったのはADALGISA役のKristine Jepson。第一声から、抜群に美しい声の響きに、主役をかすませてしまうんではないか、という心配をするほど。感情表現、音程の安定さ、あらゆる面をとってもすばらしいの一言だった。NormaのChristine Goerkeは、音程が全体にフラットしていた感じで、調子はいまいちだったのかもしれないが、前述の通り感情表現の幅の広さは本当にすばらしかった。声のボリュームもすごい。POLLIONE役のPhil Webbも、難しい高音部分もすばらしい響きで決めていた。ソロだけでなく、アンサンブルが本当に美しい組み合わせだった。

Goerkeの感情表現技術に依存した部分が大きいが、演出はNormaのより生の人間としての感情の揺れ動きをストレートに見せるのに成功していたと思う。巫女長としての神秘的なリーダーとしての側面と、一人の女性、母親としての立場の切り替えが見事だった。一方で、上記の通りやや音程が不安定だったので、豊かな感情表現で押し切った、という感は否めず、本来であればベッリーニ独自の美しい旋律をしっかり奏でることにより自然と湧き上がってくる、このオペラの持つ「神聖さ」みたいな感じがあまり伝わってこなかったことが残念だった。やや、ヴェリズモオペラを見ているような気分にさせられたという感じ(そのほうがアメリカのオーディエンスには受けがよさそうだが)。この点に関しては、より線の細い、コロラトゥーラを得意とする歌手が歌っていたサンフランシスコオペラの方がよさが出ていた。

それにしてもこの幅広い側面を持つ女性を表現するこのオペラをまともに歌える人は本当に少ないだろうと思う。Christine Goerkeは間違いなくそれができる稀有な歌手の一人だな、と感じた。もっと調子がよければ(今日が絶好調だったという可能性も十分にあるが・・・)本当にすばらしいものになるだろう。

一つのオペラ作品としてのNormaの見方も、(以前は「清教徒のほうが全然良い、と書いたが)今回のすばらしい上演でかなり変わった気がする。やや冗長に感じる部分がある(2幕2場あたりになってくると、日本の演歌や歌舞伎を思い出させるような泣かせ所のひっぱり方)のは事実だけど、ドラマの展開とアリアの組み合わせは絶妙だし(これは演出の旨さにもよるかもしれないが)、とりわけクライマックスでの合唱がもたらすドラマチックかつ神聖な感じの効果はすばらしいと思う。同じベッリーニの「清教徒」の有名なアリアにかなりそっくりな曲がでてくるのは、当時売れっ子で大忙しだったベッリーニだから仕方ないか。