蝶々夫人@MET

Oct 15, 2007 @Met Opera
Madama Butterfly by Giacomo Puccini

[Cast]
Conductor: Mark Elder
Cio-Cio-San: Patricia Racette
Suzuki: Maria Zifchak
Pinkerton: Marcello Giordani
Sharpless: Luca Salsi


[The Production Team]
Production: Anthony Minghella
Associate Director: Carolyn Choa
Choreographer: Carolyn Choa
Set Designer: Michael Levine
Costume Designer: Han Feng
Lighting Designer: Peter Mumford
Puppetry: Blind Summit Theatre

METでの蝶々夫人
すでに見た人から、とても美しいProductionだから、と進められ、急遽チケットを入手。残り5公演ほどあったが、すでに月曜の夜以外の公演はすべて売り切れとなっており、昨年のNew-ProductionかつOpening Night公演ともなったこの公演の人気を伺わせる。

残念ながら今日は急遽Cast変更があり、ピンカートン役だったRoberto AlagnaがMarcello Girdaniへ。これは先日見たAIDAのラダメス役のMarco Bertiが病気になり、彼の代わりにAlagnaが急遽火曜のAIDAに出演することになったことによるもの。
METのステージマネージャーがこのことを告げると、会場は当初ブーイングだったものの、代役がGirdaniであることがわかると一転、拍手喝采。Girdaniは昨年の蝶々夫人でピンカートン役をやっていたテノールで、このプロダクションの高い評判を作った人でもあるし、当然慣れている。常連客としてはむしろまた彼のパフォーマンスが観れてうれしかったのかもしれない。

ちなみに、AlagnaにとってMETでのAIDAは初めて。ラダメス役自体は、去年スカラ座で歌って以来とのこと。このスカラ座でのラダメス役については有名なエピソードがあって、なんでも、彼は自分のアリアに対するオーディエンスからのブーイングに怒って、上演中に退場してしまったらしい。それ以来の役なので、AIDAの方はそれはそれで、なかなか面白い舞台になると思う(指揮の大野さんは大変そうだけど)。


前置きが長くなったが、この評判の良いプロダクション、とても面白かった。
超微細で写実的な舞台セットが売りのひとつとも言えるMETオペラだが、このオペラではむしろ日本文化の精神性を前面に出した、コンセプチュアルなセットだった。・・要するに、セットがとてもシンプル。たとえば家ひとつとっても、セットは障子戸が何枚かあるだけ。

さらに面白かったのは、子供役に文楽を使ったこと。3歳以下の子の設定なので通常人形が使われるのだと思うが、動かない人形にはできない巧みな感情表現がとてもすばらしい。

細かいことを言えば、「これは日本じゃないよ」みたいなところも多数ある。派手な色合いの着物は中国っぽく(Costume Designerが中国人だから仕方ないか)、ヤマドリの振る舞いなんてまるでバカ殿みたいだ。ただ、このオペラはプッチーニが極東の国の文化を想像して作ったものであって、ある意味「外国の目からみた不思議の国日本」を舞台としたもの。プッチーニのつけた曲も、日本的なフレーズがちりばめられつつ、どこか幻想的なイメージが漂う感じ。今日のようなコンセプチュアルかつ幻想的なセット、それからちょっと日本人からすると「違うなあ」と思える演出は、そんな「(当時の)外国から見た日本のイメージ」を表現するのにはとてもぴったりだった気がする。
また、「私たちは静寂をとても愛する、とても寛大な民族なのです」という蝶々さんの台詞に代表される、このオペラの底辺に流れる一貫した日本文化のイメージを、このシンプルで動きの少ない演出がとても上手く表現していたと思う。とてもすばらしいProductionだと思った。来年以降も上演されることを期待したい(もう観にいけないけど・・)。


・・余談だが、このオペラは本当にに泣ける。今日も泣かないようにこらえるのが大変だった。歯を食いしばりすぎて、歯茎が痛くなったほどである。どんなに重いオペラでもあっけらかんとしていることの多いMETのオーディエンスも、今日は違って、かなり涙を流している人が多かった。先日日本に一時帰国し歌舞伎を観たときにも思ったが、「これでもかー」と言わんばかりに泣かせるのも日本の舞台芸術文化の一部のような気がする。・・ともかく、いろんな意味で「日本ってのはなんだか面白い国だ」と思わせる作品だと思うし、こんなすごい作品をプッチーニという天才が残してくれたことを、日本人は感謝すべきだと思う。



<キャストについて>
蝶々さん役のPatricia Racetteは、リリコながら比較的明るい感じの声で、10代の蝶々さんを演じるにはぴったりだった。アリアでの観客の反応はいまひとつだったが、演技とあわせて、うすうす気づきながら、気丈さを維持しようとする蝶々さんの感情を表現する歌唱力はすばらしいと思った。
Suzuki役のMaria Zifchakもはまり役という感じ。ただ、蝶々さんとの二重唱「桜の枝をゆさぶって」は、二人ともビブラートが強すぎて、出してる音がなんなのかよくはっきりしないタイプというせいもあってか、かなりいけてなかった。
急遽出演のPinkerton役、Marcello Giordaniは、前半はエロ親父的な声で、15歳の女の子に対してロリコン的な雰囲気がしてしまってちょっと、と思ったが、基本的にとても安定感のある良い声だと思った。最終場での見せ場はエロいモードとは一転、シリアスな雰囲気との対比がよく、とても良かった。
Sharpless役のLuca Salsiはちょっと地味だが安心して聴いていられるという印象。